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1983年 9月 4名にて『リトルホンダ』の名称で活動を開始。 1984年 2月5日(日) 第1回ツーリング 富士スピードウェイ N5台、6名にて。 イベント参加の形でのツーリングだったが、この場にていずれ2代会長と なるKK氏と出会う。 4月 名称を『N360 ENJOY CLUB』と改め、クラブステッカーの図案も決定し、 各自動車雑誌に新メンバーの募集を行う。 5月20日(日) 第2回ツーリング 東京奥多摩秋川渓谷 N5台、7名にて。 10月14日(日) 第3回ツーリング 茨城筑波方面 N4台、5名にて。 12月12日(水) ミーティング&忘年会 東京北千住 この時、現代表RK氏入会。 会長をMY氏よりKK氏に交代。 この頃、MY氏はT360(現ホンダコレクションホール収蔵)を入手。
1985年 1月13日(日) ツーリング 静岡修善寺 N6台、9名にて。 3月4日(月) 会報『Nッコロ』創刊第1号発行。 手書き4ページに次回ツーリングの地図。 3月17日(日) ツーリング 埼玉秩父芦ヶ久保 N4台、10名にて。 4月14日(日) オールホンダミーティング(第4回) 愛知蒲郡 参加。 4月29日(祝) TACS CCF 筑波サーキット ピット2名、応援10名。 メンバーのI氏がMクラスにN500 RACINGにて参戦、痛恨のスピン。 8月8日(日) 会報『Nッコロ』第6号発行、活字化。6ページ。 9月29日(日) CLUB RACING 製作用ベース車を入手。雨の中、ガレージに運搬。 この年、その他ツーリング3回、イベント参加2回。
1986年 2月26日(日) ミーティング 東京北千住 N10台、14名にて。 3月8日(土) TACS CCF 筑波サーキット 二日間で延べ28人で参加。 〜9日(日) 初日、I氏がMクラスにてマイナートラブルをクリアし無事完走。 二日目、仮ボディながらクラブレーシングはK氏のドライブにて快走、 他車を圧倒してチェッカー。しかしその直後、ドライブシャフトが抜けて ピットへの帰還はレッカーにて。 4月27日(日) オールホンダミーティング(第5回) 愛知蒲郡 N2台、4名にて。 クラブオリジナルのFRP製ボンネット&フェンダーキットを持参。 同日、都内某所にて他メンバーによりクラブレーシングのボディ塗装。 7月 クラブレーシングの本格製作に入る。 10月12日(日) 富士ジャンボリー FISCO 18名にて。 完成したクラブレーシングを初ドライブ。 KY氏、YM氏も自Nをチューンし参加、サーキットの走行を満喫。 11月16日(日) ツーリング 千葉マザー牧場 N7台、11名にて。 この年その他、ツーリング3回、ミーティング多数。在籍N27台、会員21名。
1987年 3月1日(日) ミーティング 東京北千住 会費制度の導入(それ以前は入会金とステッカー代のみ)、 各担当部位の徹底、ミーティングの定例化等を決定。 3月28日(土) TACS CCF 筑波サーキット 二日間で延べ22人参加。 〜29日(日) Mクラス参戦のI氏は燃料系のトラブルで6周目にてリタイア。 翌日は、一応の完成をみたクラブレーシングと他2台が参加。 が、全周回ペースカー付となり不満の残る走行会となる。 4月5日(日) オールホンダミーティング(第6回) 愛知蒲郡 3名にて。 Nでの参加が減少傾向で、また他軽自動車クラブとの考え方の違いを 強く感じる。 9月13日(日) ツーリング 茨城常陸太田袋田の滝 N7台、10名。 高速道のSAにて雑誌の取材を兼ね企画。当日の全走行距離300km。 11月1日(祝) 富士ジャンボリー FISCO 参加者10名。 この年その他、ツーリング3回、ミーティング毎月。
1988年 2月20日(水) 会報『Nッコロ』第36号、創刊3周年記念号発行、20ページ。 メンバーからのメッセージ、『私はこの車に全てを賭けた』 (本田宗一郎 氏談)、欠品パーツとその対策等。 3月12日(土) TACS CCF 筑波サーキット 10名参加。 KY氏、KK氏、RK氏が各Nにて走行。 5月21日(土) Kカータイムアタック 神奈川湘南スピードパーク N2台、6名。 ショップ主催でカートコースを使用したタイムトライアルに参加。 現代車ばかりで場違いな印象を受ける。 6月26日(日) ツーリング 神奈川三浦半島 N8台、11名。 レストアを終えたばかりのKK氏Nにトラブル発生、イベント史上初 のリタイヤ。原因不明にて最寄のレストランPに置き、同日深夜に トラックで引き揚げ。 11月14日(月) プライベート走行会 本田技研荒川テストコース N3台、4名。 2&4旧車オーナーによる内輪の走行会に参加。 かつての開発コースでの走りを満喫、しかしクラブレーシングが プライマリーギヤを破損。 この年その他、ツーリング2回、ミーティング毎月。クラブ創始者MY氏がカナダへ移住。
1989年 1月22日(日) JCCA NEW YEAR MEETING 東京明治公園 N9台、19名。 クラブとして正式に出展。クラブレーシングを中心にNを展示、 オリジナルパーツの販売も行い、存在をアピール。 2月14日(火) 会報『Nッコロ』第48号、創刊4周年記念号発行。 6月4日(日) Vol,1 JOINT TOURING 群馬妙義山 N8台、11名。 合同ツーリングの形で開催。 7月30日(日) 東京オートジャンブル 東京板橋プレステージ JCCA主催のガレージセールに参加。時ならぬ雨に見舞われたが 持参のテントで事無きを得る。 11月12日(日) オールホンダミーティング(第8回) N6台、9名。 内容を軌道修正し参加資格をSB-1シビックまでのホンダ4輪車としたが、 参加の減少に歯止めがかからず、盛り上がりを欠いた。 『H1300 OWNER`S ASSOCIATION SPIRITS 302』のMS氏と交流を持つ。 12月2日(土) 箱根方面忘年会&ツーリング 神奈川箱根湯元 N7台、13名。 〜3日(日) 要望の多かった一泊ツーリングを実現。以後クラブの恒例行事となる。 この年その他、ツーリング2回、ミーティング毎月。クラブ在籍22名。
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